The 9th Life of Louis Drax (2016) / ルイの9番目の人生

あらすじ

 主人公のルイ(エイダン・ロングワース)は幼い頃から、命に関わるようなさまざまな事故に遭遇している。ある日、両親とピクニックに行ったルイは、高い崖から海に転落し、昏睡状態となってしまう。また、一緒に出かけた父(アーロン・ポール)もルイの転落後に消息がつかなくなる。一体、転落する直前、ルイの身に何が起こったのか?ルイの短い人生の回想が始まる。

 一方で、著名な小児昏睡を専門とする医師、アラン(ジェイミー・ドーナン)は、ルイの経過を見ながら、彼を見舞う母ナタリー(サラ・ガドン)の美しさに魅了され、恋に落ちてしまう。しかし、その後ナタリーのもとに、不吉な手紙が届くようになり、また、アランは悪夢にうなされる。

 ルイの転落に事件性を感じる地元警察のダルトン刑事(モリー・パーカー)は、事件の調査と並行し、ナタリーに届く手紙の筆跡鑑定を始める。そして、ルイの身に起こった謎が徐々に明らかになってゆく。

出演

 多くのカナダ人の俳優が活躍しているこの映画。ロケ地もカナダ西海岸の港湾都市、バンクーバーということ。なるほど、TEDトークのシーンがあるのもそういうことだったのか。

主演のエイダン・ロングワースくんはカナダのバンクーバー出身。問題児でスマートな子どもの役をうまく演じている。

生意気ながらも父に飛びつく姿が可愛らしい。ツンデレ。

 ハンサムな小児科医のアラン役は、以前ご紹介した『Fifty Shades of Grey (2015) / フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のクリスチャン役を演じたジェイミー・ドーナン(Jamie Dornan)。『今流行りのイケメン顔』ではなく、世代を問わないハンサムさ。

髭が似合っとるのう。

 トロント出身のサラ・ガドンは、儚い美しさを持つ女性。ポスターを遠目で見たら同じくカナダ出身のレイチェル・マクアダムスに似ていたため、『レイチェルが出演する?』と勘違いしてしまった。実際2人は全く違い、サラはより古風な薄幸の美女風で、レイチェルは『Spotlight (2015) / スポットライト 世紀のスクープ』でも紹介したが、気骨のある現代女性というイメージ。そして、精神科医のDr.ペレーズ役は、『Chef (2014) / シェフ 三ツ星フードトラック始めました』で評論家を演じていたオリヴァー・プラット。彼もカナダ出身。

感想

 色々なストーリーが絡み合っているこの映画。容易に想像できる展開ではないし、状況がコロコロと変わるため、筆者は飽きずに観ることができたが、だからこそ映画のストーリーに入り込めない人もいるのではないかと思った。

 近年、海外”ドラマ”のクオリティが高くなっているため、忙しい現代人が長丁場の映画を観るメリットがなくなっていると思い始めている人もいるだろう。しかし、この映画は2時間という長さでないと表現出来ないストーリーであると感じた。

 一つ残念だったのが、小児科医が美女のハニートラップに引っかかり、そのシーンがチープな印象となってしまったこと。一線を超えたのが割と唐突すぎたのも悪かった。アランがあそこで思いとどまっていたら映画全体が引き締まったかもしれない。ただ、これは筆者の考えにすぎず、割とアメリカナイズされた考えだと思う。フランス出身のアレクサンドル・アジャ(Alexandre Aja)が監督だからこその、このストーリーなのではないだろうか(決して色恋沙汰が好きなのだろうなどと言っているわけではない)。

 最後の最後まで、誰がルイを突き落としたのか分からないストーリー。DVDの一時停止ボタンを使うと、時系列やストーリーが滅茶滅茶になるため、極力、停止ボタンを使わず最初から最後まで集中して観てほしい。

Tokyo Trial (2016) / 東京裁判

最近、海外の一部の国家が好戦的になってきているような風潮を報道から感じてしまうのは私だけでしょうか?また最近、日本では「核を持つべきか、持たないべきか」という、戦後から近年まで口にするのもはばかられるようなテーマがニュースで取り上げられるようになってきており、危機感を覚えることがあります。私が考える不安要素というのは、「核を持つ、持たない」という事よりも、戦争を経験したことのない70歳までくらいの人々が、防衛のために安直に決断を下してしまい、それがのちのちに大きな犠牲を生んでしまう可能性を孕んでしまうのではないか、という点です。

8月上旬、日本ではこの時期、戦争の報道が多くなされます。世界のバランス・オブ・パワーが変化する兆候を見せている今、戦争を振り返り、その歴史をインプットした上で自分の考えを醸成していきたいと考えました。具体的には、戦時中の国民の考えや思想、なぜ日本は軍事国家へと突き進んでいったのか、戦前から戦後にかけての意識の変化、etc…を考察してみることにしました。その入口として、日本とカナダ・オランダが共同で制作した「Tokyo Trial (2016) / 東京裁判」を観ました。

舞台とあらすじ

このドキュメンタリードラマの舞台は、東京の現・市ヶ谷記念館でおこなわれた極東軍事裁判(Tokyo Trial, that is, International Military Tribunal for the Far East)です。第二次世界大戦直後、戦勝国11カ国から代表として送り出された判事たちが、日本の戦争指導者を裁く過程を描いています。このドラマを観ていくうちに、物語が単なる戦争を裁く話ではないことに気付くでしょう。判事の中には出身国の最高裁の判事を務める者も少なくなく、当然のことながら国の元首の使者というわけではなく、法律を司る者として職務を遂行しなければなりません。しかしながら、憎き敵であった日本の指導者を裁くため、感情的になる一面も見受けられます。また、半年で終わる予定だったこの軍事裁判が、1年経過しても終わることはなく、中には体力に限界を感じ始め、長期化を避けたいと考える判事も出てきます。

私は、この裁判の一番の焦点は、”戦争を「事後法」で裁けるかどうか”であると考えました。それまで戦争というのは犯罪ではなかったが、第二次世界大戦の日本軍による惨状を目の当たりにした判事たちの中で、正義のため、また第三次世界大戦が起こることがないよう、ニュルンベルク裁判と同様、「事後法」で解決しよう、という案が浮上します。しかし、その案に反対するのがインドからやってきたパル判事(イルファン・カーン)。確かに、事後法は例外的な措置であるため、一定のルールのもとで行っていた戦争の後に、敗戦国への罰則とも言えかねない事後法を適用することに対し抵抗を感じる判事がいてもおかしくはありません。

独立運動の最中であったインドから来日したパル判事。

最初の段階で、殆どの判事は、戦時中には規定されていなかった「侵略の罪(平和に対する罪)」を焦点にするべきだと考えます。しかし、それをはねのけるパル判事。オランダからやってきたレーリンク判事(マルセル・ヘンセマ)は、当初大多数側の立場でしたが、パル判事と交流する過程で徐々に自身の考えを見直すようになっていきます。そのような状況に業を煮やしたイギリス・ニュージーランド・カナダからの判事は、「遅々として進まない裁判はオーストラリアからのウェッブ裁判長に問題があるからだ」とし、裁判長を一時帰国させるよう裏で工作します。

実際の裁判の様子。真ん中がウェッブ裁判長。

戻ってこないかと思われたウェッブ裁判長ですが、彼は再び来日します。分断された判事たちの間で、どういった決断が下されるのでしょうか。

オランダと判事としての立場の間で揺れるレーリンク判事(左)。

感想

このドラマのストーリー以外の部分に関し、カメラワーク等の「魅せる技術」が評価できると思います。そして実際の裁判の映像が多用されているため、史実を伝える教科書として非常に素晴らしい。裁判だけではなく、当時の東京の町並みの映像もあり、戦後日本が急速に復興を遂げたということを実感することでしょう。また、幾つかの映像には着色が施されているためか、国会中継のように、東京裁判が最近の出来事のように思えます。日本人が社会の教科書で一度は観たことのある東京裁判の様子が映像で鑑賞でき、貴重な文献を見たときのような感動を覚えました。

第二次世界大戦の歴史に、その残虐性の高さから目を背けたくなる人々も多いと思いますが(私もその1人)、このドラマでは、<判事たちは感情に左右されることなく裁くことが出来るのか>という点、また、<戦勝国の関係性(例えばインドとイギリス)>にもスポットが当てられるため、かつてNHKが制作したトラウマになりそうなドキュメンタリー「映像の世紀」程ストレスを感じることなく観ることが出来ると思います。とは言え、「映像の世紀」も本当に素晴らしいドキュメンタリーですので、一度は観ることをおすすめします。こういった、他の放送局ではなかなか観ることのできない物語を、NHKにはクオリティに妥協することなく今後も作り続けてほしいと思います。

これから私たちが考えなければならないこととは

人間はひとたび戦争を起こしてしまうと、理性を失い「動物」になってしまいます。今一度、平和教育の見直し、そしてメディアに疑いの目を向けられる教育、戦争に目を向ける場を身近に作る、などするべきだと考えます。自分個人としては、近々戦争に関連した場所に行こうと考えています。このブログでどうやってかレポート出来たら良いなと思っています。

先日、ある神父さまが(私はクリスチャンではないのですが話を聞く機会がありました)、「最近、日本人は、職場の外で人と対話する機会が少なくなっている」というお話をされていました。確かに、多くの人々は、教育機関から離れると、一つのテーブルを囲み、じっくり人と議論する機会が激減します。これでは社会的なトピックを深く突き詰め、思考する力が衰える可能性があります。今、日本はメディアと政治家が国民を扇動しやすい状態になっているのではないでしょうか。要注意です。

戦争を経験したことのない私たちは、どうやって平和を維持していけるのか。二度と過ちを繰り返さないよう、戦争、防衛に関する新たな取り決めに対して、後悔しない選択をする必要があります。そのためには、個人の考えを持つ重要性を現政府およびメディアは伝えるべきですし、何より私たち一人ひとりが意識していかなればなりません。

<参照・引用>

NHKスペシャル ドラマ 東京裁判
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20161212

State Library Victoria
https://www.slv.vic.gov.au/

It’s Only the End of the World (2016) / たかが世界の終わり

お久しぶりです、Yukimaruです。暑い日が続きますが皆さんいかがお過ごしでしょうか?

私事ですが、引っ越しなどで長らくブログを更新できずにいました。最近少しずつ落ち着いてきたので、筆を執る頻度を増やしていければ良いなと思っています。


本日ご紹介するのは、フランスとカナダの共同制作による『たかが世界の終わり』。

あらすじ

主人公のルイ(ギャスパー・ウリエル)は、限られた余命を伝えに、12年ぶりに帰郷した。母(ナタリー・バイ)と妹(レア・セドゥ)は兄の帰りを心待ちにしていたが、兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)はルイとの間に見えない、厚い壁を作っていた。

家族のかたち

この映画では、言葉で表すことの難しい、家族の雰囲気やバランスが巧みに描かれています。内容的には全然違うのですが、「男はつらいよ」で伝わってくるような、人情の機微が生き生きと表現されています。

この映画で中心となるのが、兄のアントワーヌの存在。彼は子どもっぽくて、ひねくれ者で、妻(マリオン・コティヤール)が哀れなほどなのですが、映画を観終わって、日に日にその人間らしさにハッとさせられています。

「家族」はその構成員が増えたり減ったりしながら、かたちを変えていくものだと思います。人々は、その変化にある種の「おそれ」を感じるものだと考えています。しかし、規模やかたちが変わっても、決して変わらないものはあるんだよ、と視聴者にエールを送っている映画にも受け取れました。

この映画のシーンは殆どモントリオールで撮影されたようですが、フランスで撮影したのだとばかり思っていました。モントリオールには市街地近辺にしか行ったことがなく、結構栄えているイメージだったのですが、こんな田園地帯もあるのだなと思ったことでした。というか、カナダは広大だから、こういった地域の方が多いのかもしれません。

(Pictures : IMDb)


それでは皆様、良い週末をお過ごしください!

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La La Land (2016) / ラ・ラ・ランド

日本で2017年2月24日公開の『ラ・ラ・ランド』を観に行きました。主演がエマ・ストーンとライアン・ゴズリングという光った演技をする2人なので、日本での公開を楽しみに待っていました。

映画 ラ・ラ・ランド ポスター 42x30cm La La Land ララランド ライアン ゴズリング エマ ストーン [並行輸入品]

あらすじ

ミア(Emma Stone)は女優を目指すべく大学を中退し、ロサンゼルスに移って6年になる。何百回というオーディションを受けるも、一次試験を通ることも出来ずにいる。ある日、友人から誘われたパーティーの帰り、自分の車をレッカー車で撤去されたミア。歩いて帰る途中、レストランから心を揺さぶるようなピアノの音が聴こえてきた。

感想

夢と現実の狭間で揺れ動く、ミアとセバスチャン(Ryan Gosling)。互いに刺激し合って人生の駒を少しずつ前に進めるようすが描かれている。ときに強く、ときに脆い2人の関係が表現されています。

ライアン・ゴズリング、いいっすね。『きみに読む物語』でもそうだったけど、女性絡みで可哀想な男の役が板についてる。エマ・ストーンは、個人的に好きな女優なのですが、ミア役で良かったのか正直分からない。『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜や『ラブ・アゲイン』のように、安定した地位の中での奔放さを持つ役が似合う女優だと思います。

(2017年2月27日追記)
エマ・ストーン、オスカー取りました。その他、6部門で受賞が決まりました。

オフィシャルサイト(英語) http://www.lalaland.movie/
オフィシャルサイト(日本語) http://gaga.ne.jp/lalaland/

 

Me Before You (2016) / 世界一キライなあなたに

今日は、先日映画館で観てきた『世界一キライなあなたに』をご紹介します。観終わって数週間経つのですが、今になり、ふとした瞬間に思い出し、色々と考えさせてくれます。ネタバレはしませんが、文脈から結末が予想出来てしまうかもしれないので、「予備知識なしで映画を観たいよ」という方は、ブラウザを閉じてくださいね・・・。

Yo antes de ti/ Me Before You

あらすじ

ルー(エミリア・クラーク)は、仕事の見つからない父親の代わりに家族を養うため、地元のカフェで働いていた。しかし、そのカフェが閉店することになり、新しい仕事を探し始める。特別な技術など持っていないために、なかなか仕事を見つけることができずにいた中、やっと見つけた仕事が、首から下を動かすことの出来ない大富豪の息子、ウィルの介護だった。

ウィルが動けなくなったのは、ビジネスマンとして輝かしいキャリアを持ち、美しい恋人と暮らし、仲の良い友人に囲まれていた人生の絶頂期であった。事故のあとは実家に戻り、誰とも会わず、時に狂ったように叫ぶ―まるで死んだような生活を送っていた。

フラストレーションやストレスからルーに辛くあたるウィル。ウィルに邪険にされ、時間だけが過ぎていくような毎日にルーもストレスを感じる。しかし、同じ空間で時間を共にし、少しずつ友情が芽生えていく。しかし、ある時、ルーはウィルが近い将来、スイスの施設で自殺をする予定であることを知る。

切ないけれども幸せなラブストーリー

悪魔のようだったウィルが笑顔を取り戻し、もっと喜んでほしいと願うルー。そしてルーの優しさや可能性に惹かれていくウィル。

ルーの事を好きになればなるほど苦しくなるウィルの気持ちを思うと胸がギュッとなります。ルーを抱きしめたい、キスしたい、共に夢を持ち歩んでいきたい。すぐそこに好きな人がいるのに、何一つしてやれない。だけど、どうにかしてルーの可能性を広げてあげたい。そんなウィルの選択に私は拍手を送りたいし、私も彼のような状況になったときは、自分らしくありたいと強く思いました。

この映画を観終わったあとにすぐ思ったのは、このエンディングに共感出来ない人が多いのではないかということ。映画館を去る途中に、この結末に納得出来ていない女性の声が聞こえました。私も心の中で「わかるわかる。」と相づちをうってました(笑)

ラブストーリーでかつ、「尊厳死」という現代の社会的な大きなテーマの1つを改めて考えさせてくれる物語です。映画館では99%くらいが女性だったのですが、是非男性にも観てもらいたいです。


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