The 9th Life of Louis Drax (2016) / ルイの9番目の人生

あらすじ

 主人公のルイ(エイダン・ロングワース)は幼い頃から、命に関わるようなさまざまな事故に遭遇している。ある日、両親とピクニックに行ったルイは、高い崖から海に転落し、昏睡状態となってしまう。また、一緒に出かけた父(アーロン・ポール)もルイの転落後に消息がつかなくなる。一体、転落する直前、ルイの身に何が起こったのか?ルイの短い人生の回想が始まる。

 一方で、著名な小児昏睡を専門とする医師、アラン(ジェイミー・ドーナン)は、ルイの経過を見ながら、彼を見舞う母ナタリー(サラ・ガドン)の美しさに魅了され、恋に落ちてしまう。しかし、その後ナタリーのもとに、不吉な手紙が届くようになり、また、アランは悪夢にうなされる。

 ルイの転落に事件性を感じる地元警察のダルトン刑事(モリー・パーカー)は、事件の調査と並行し、ナタリーに届く手紙の筆跡鑑定を始める。そして、ルイの身に起こった謎が徐々に明らかになってゆく。

出演

 多くのカナダ人の俳優が活躍しているこの映画。ロケ地もカナダ西海岸の港湾都市、バンクーバーということ。なるほど、TEDトークのシーンがあるのもそういうことだったのか。

主演のエイダン・ロングワースくんはカナダのバンクーバー出身。問題児でスマートな子どもの役をうまく演じている。

生意気ながらも父に飛びつく姿が可愛らしい。ツンデレ。

 ハンサムな小児科医のアラン役は、以前ご紹介した『Fifty Shades of Grey (2015) / フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のクリスチャン役を演じたジェイミー・ドーナン(Jamie Dornan)。『今流行りのイケメン顔』ではなく、世代を問わないハンサムさ。

髭が似合っとるのう。

 トロント出身のサラ・ガドンは、儚い美しさを持つ女性。ポスターを遠目で見たら同じくカナダ出身のレイチェル・マクアダムスに似ていたため、『レイチェルが出演する?』と勘違いしてしまった。実際2人は全く違い、サラはより古風な薄幸の美女風で、レイチェルは『Spotlight (2015) / スポットライト 世紀のスクープ』でも紹介したが、気骨のある現代女性というイメージ。そして、精神科医のDr.ペレーズ役は、『Chef (2014) / シェフ 三ツ星フードトラック始めました』で評論家を演じていたオリヴァー・プラット。彼もカナダ出身。

感想

 色々なストーリーが絡み合っているこの映画。容易に想像できる展開ではないし、状況がコロコロと変わるため、筆者は飽きずに観ることができたが、だからこそ映画のストーリーに入り込めない人もいるのではないかと思った。

 近年、海外”ドラマ”のクオリティが高くなっているため、忙しい現代人が長丁場の映画を観るメリットがなくなっていると思い始めている人もいるだろう。しかし、この映画は2時間という長さでないと表現出来ないストーリーであると感じた。

 一つ残念だったのが、小児科医が美女のハニートラップに引っかかり、そのシーンがチープな印象となってしまったこと。一線を超えたのが割と唐突すぎたのも悪かった。アランがあそこで思いとどまっていたら映画全体が引き締まったかもしれない。ただ、これは筆者の考えにすぎず、割とアメリカナイズされた考えだと思う。フランス出身のアレクサンドル・アジャ(Alexandre Aja)が監督だからこその、このストーリーなのではないだろうか(決して色恋沙汰が好きなのだろうなどと言っているわけではない)。

 最後の最後まで、誰がルイを突き落としたのか分からないストーリー。DVDの一時停止ボタンを使うと、時系列やストーリーが滅茶滅茶になるため、極力、停止ボタンを使わず最初から最後まで集中して観てほしい。

Infinitely Polar Bear (2014) / それでも、やっぱりパパが好き!

あらすじ

 キャム(マーク・ラファロ)は、双極性障害を患っており、仕事を得てもすぐに失業してしまう。彼の病を受け入れ結婚した妻のマギー(ゾーイ・サルダナも、働きもせず時折2人の娘の前でさえ暴力的になる夫に苛立ちを募らせる。

 子どもの将来を危惧したマギーは、自らが家族の稼ぎ頭になると一大決心をし、ニューヨークの大学院へ進学することに。毎週末、必ず家に帰るという条件付きで、キャムも渋々了承した。

 母親のいない環境で、娘たちは、父親の想像を超える行動に困り果ててしまうが、どんなときでも父親と一緒にいることで、徐々に彼の取り扱い方を覚えていくのだった。

出演

 双極性障害を持つ父親役を演じるのは、前回の『Spotlight (2015) / スポットライト 世紀のスクープ』でも紹介した、俳優のマーク・ラファロ。髭が伸び放題の、ヒッピーを思わせるようなその風貌を見たとき、正直『ヤバイ人』だと思った。北米を歩いていたら、時折出会うハイになっている浮浪者、という感じ。とはいえ、映画の中でどんな人物にでもなれる彼はやはり素晴らしい。

 凛とした佇まい、観ていて惚れ惚れとするキャムの妻役はゾーイ・サルダナ。混沌とした家庭環境の中で、一家の大黒柱となるべき大学院進学を決断。人々に勇気を与えるキャラクターを好演していた。

感想

楽しく幸せなひとときを振り返る際に、8mmフィルムが使われているのが気に入った。懐古シーンでそれを使うのは王道なのかもしれないが、苦しい境遇と幸せなシーンを映像の違いで表現することで、映画に奥行きを与えていると感じた。そういえば、『Once (2007) / ONCE ダブリンの街角で』でも懐古シーンで8mmフィルムを使用していた。やはり王道。

結婚というと、『幸せな家庭』像を描きがちだと思うが、この映画は、家庭が抗えない問題を抱え家庭崩壊が起こったとしても、家族が幸せになる道はある、ということを教えてくれている。

Spotlight (2015) / スポットライト 世紀のスクープ

あらすじ

 舞台はボストングローブのスポットライトチーム。一つの事件を数ヶ月かけて調査・記事にする調査報道の部署である。

 ボストングローブの局長として赴任してきたマーティ・バロン(リーヴ・シュレイバー)は、カトリック教会の神父が、子どもに性的暴行を行った事件を調査するよう、スポットライトチームに勧める。

 スポットライトの調査には、児童虐待を専門とする弁護士のミッチェル・ガラベディアン(スタンリー・トゥッチ)、被害者のフィル・サヴィアノ(ニール・ハフ)の助言のもと、多くの被害者、容疑者への取材が続けられた。

 調査の中で、教会は神父による性的虐待を隠蔽し続けてきたことが浮き彫りになる。神父の上に位置する大司教・枢機卿も含めた組織ぐるみの隠蔽だった。

スポットライトのメンバー

 ジャーナリストのジレンマ

 この映画ではジャーナリスト特有の苦悩やジレンマがうまく描かれている。

 新鮮な記事を読者に伝えるというのはジャーナリストの役割の一つである。しかし、宗教のようなデリケートな問題については、どういう構成で紙面に記載するか慎重になる必要がある。ボストングローブの表現力、品位が問われる部分である。コミュニティを敵に回しかねない大胆な行動力のみならず、どのような表現をすべきか冷静な判断が必要になるため、非常に頭の切れる人材が求められることが分かる。早く記事にしなければ、他社に先を越され、さらに教会に公開を阻まれる恐れがあるため、マイク(マーク・ラファロ)は、一刻も早い記事の公開を望む。しかし、チームメンバーは、どのようにして隠蔽工作が行われたのか、システムを明らかにするべきであるという。考え方の違いを互いに認めあえず、チーム内で衝突が起きるシーンも。

 もう一つの苦悩は、そもそもこの事件を取り上げる必要があるかどうかである。事件を取り上げることにより、同じような事件が起こることはなくなるかもしれない。しかし、信者にとって、神父が児童虐待をしているというのは耐え難い事実であり、読者に癒えることのない傷を与えることは目に見えている。それは、果たしてボストングローブの役割なのだろうか。

 スポットライトのメンバーの1人、サーシャ(レイチェル・マクアダムス)の祖母は、毎週教会に通う敬虔な信者である。およそ80年間、教会に通い祈り続けてきた人間にとって、この事件を知ることのインパクトはいかほどのものだろうか。

出演者

 さて、若干重苦しい雰囲気となってきたので次は出演者について語ろう。この映画のキャスティングを見てみると、映画に溶け込む役者が多いという印象。

 マイク役を演じるマーク・ラファロは、映画によって見事に見た目も演技も変わる、カメレオンと呼んでも過言ではない役者だ。他の映画に出演すると、気づかない方もいるだろう。

 ガラべディアン役を演じたスタンリー・トゥッチの演技については以前に称賛のコメントを書いた記憶があるが、スポットライトにおいても、有能な弁護士の役を見事に演じきった。

味のある2人の役者

 そして、この事件にとって、キーパーソンの1人であるサヴィアノ役を演じたニール・ハフに拍手を送りたい。助演の演技力の高さは、映画自体のクオリティを大きく引き上げるということを示してくれている。

 また、サーシャ役を演じるレイチェル・マクアダムスの苦悩を抱える者たちへ向けられる慈悲深い目がとても印象的だった。いくつになっても美しい女性である。

レイチェル・マクアダムス

 振り返ると「この人でなくては務められなかった」という言葉が出てくる。つまり、見事なキャスティングがなされたということだ。キャスティング・ディレクターのケリー・バーデンに拍手。

感想

 トピック自体は非常に重いのだが、観終わった後には重苦しい気持ちにならない。自然に「正義とは?」「報道とは?」という疑問が湧いてくるような作品だ。是非一度ご覧になってはいかがだろうか。

Bella Martha (2001) / Mostly Martha / マーサの幸せレシピ

あらすじ

主人公のマーサ(マルティナ・ゲデック)はドイツ・ハンブルクにある高級レストラン・リドのシェフを務めている。彼女の作る料理を求め、足繁く通う客を持つ程シェフとしての腕は良いが、自分の料理を批判する客を前にするとカッとなり、無礼な態度を取ってしまうことから、精神科のセラピーに通うようオーナーに言われている。

職場の副料理長、レアが出産を控えているため、新たなシェフが雇われた。彼の名前はマリオ(セルジョ・カステリット)。イタリア出身の明るい彼は、マーサの支配的とも言えるピリピリとした職場の雰囲気をガラリと変えてしまう。自分の地位がマリオに脅かされていると感じたマーサは彼に敵対心を抱く。

ある日、シングルマザーの姉とその娘リナがマーサを訪れることに。その道中、姉が交通事故で命を落とす。リナはイタリア人の父親のもとへ行くことを希望したが、彼女が知っているのは、父親の「ジョゼッペ」という名前だけ。マーサは一時的に彼女を引き取ることになるが、母親の死のショックからかマーサの手料理を拒否する。食事をしないリナは、栄養失調となりとうとう学校で倒れてしまう。他に見てもらう人もいないため、早退した彼女を職場に連れて行くことに。楽しげに料理を作るマリオに心を許すリナの様子を見たマーサは、段々と彼に対する見方を変えていく。

感想

主人公のマーサの病的とも言えるような職人気質ぶりは、まさにドイツの職人たちを彷彿とさせます。そんな彼女が、まるで性格の違うマリオに恋をする様子は、見ていてとても幸せな気持ちになります。

ドイツの薄暗い、雲がたれこめている様子と、突然母を失ったリナの境遇が重なり、映画の前半部分は重苦しく感じました。しかし、マリオの登場により映画の雰囲気が明るくなります。その境目となるのが、リナがマリオの作ったパスタを美味しそうに頬張るシーン。『リナが食べている!』というマーサの驚きの顔が忘れられません。

アメリカのサンフランシスコで映画作りの基礎を学んだという監督のザンドラ・ネッテルベック。確かに、北米の影響があるのかな、と観ていて感じました。しかし、他の国々と陸続きであるという地理を活かしたストーリーづくり、また、ヨーロッパの天候を効果的に物語にマッチさせている点は、ドイツ出身の彼女だからこそ出来たことでしょうし、素晴らしい才能だと感じました。


<参照>
イタリアとドイツの幸せな結婚?ー『マーサの幸せレシピ』をめぐってー 木本伸http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/3/35261/20141016204658742443/DoitsuBungakuRonshu_46_54.pdf

立命館大学の木本教授がこの映画に関して論文を書いていたので、地名などを参考にさせて頂きました。ドイツ映画の特徴やキリスト教の視点からの考察があり、興味深く読ませて頂きました。

 

 

Today’s Special (2009) / 本日のおすすめ

はい、こんにちは。早くも5月に突入です。
前回に引き続き、料理に関する映画をご紹介します。

あらすじ

サミールはマンハッタンのフレンチレストランでスーシェフ(副料理長)として働き、調理責任者である「シェフ」を目指す日々。しかし、自分より経験値の低い後輩に昇進を阻まれレストランを去る。実家に戻ると、両親に結婚や就職について問いただされる日々。そんな中、父親が突然倒れたために彼が経営していたインドレストランを当面の間サミールが見ることに。レストランの経営状況を確認すると最悪の常態。提供する料理に問題があることは明らかだ。しかし、インド料理を作ったことのないサミールには為す術もない。ある日、インド人シェフと激しく対立してしまい、作り手を失ったサミールは、藁にもすがる思いで、かつてインドで高級ホテルのシェフをしていたというタクシードライバーにコンタクトを取る。

感想

この映画でなんといっても面白いのが、アメリカへの移民一世と二世との価値観のギャップを料理を通して埋めていくところ。突然のアクシデントや色々な人との出会いを通し、新しい人生と幸せの端緒を掴んでいく主人公の様子を描かれています。

また、この映画では、多くのインド系俳優が活躍。意外に日本では知られていないかもしれないのですが、北米ではインド系コメディアンや俳優が人気を博しています。

この映画で私が注目した俳優さんは、クマール・パラーナとナシーラディン・シャー。

以前ご紹介したトム・ハンクス主演の『ターミナル』をご覧になったことがある人は、クマール・パラーナを見て、「あ、『ターミナル』のおじちゃんだ!w」とすぐに気づくはず。言葉は少ないのに、存在が濃いんですよね。この映画でもお得意の皿回しシーンがあるのには笑ってしまいます。

ナシーラディン・シャー演じるアクバルはかつてインドで料理人として働いていたが、現在はマンハッタンのタクシードライバーをしているという一風変わった役。アメリカ映画の中で、ステレオタイプなこてこてのインド人を演じてないのは結構珍しいと思います。それと、彼は声がステキです(声フェチw)。

また、アメリカの大人気ドラマ『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』のプリヤ役、アーティ・マンも登場。おなじみのインド訛りがあまりない役なので、彼女に気づかない人も多いかも!?

現在、この映画に使用されたインドレストランは、ネパール料理レストランになっているということ。ニューヨークを訪れた際に是非とも行ってみたいです♪

それでは皆様、楽しいGWを!

Comme un chef (2012) / シェフ! 〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜

お久しぶりです。最近少し忙しくなり、更新が遅れてしまいました! 忙しくてもスピーディーに書けるようにがんばろうっと。

今回ご紹介するのは、フランス映画『シェフ!』。前回のご紹介したアメリカ映画『シェフ』もオススメなのですが、こちらもフランスらしいユーモアで笑顔になれること間違いなしの映画です。

あらすじ

料理人として働くジャッキー(ミカエル・ユーン)は、「最高の料理で客をもてなしたい」という強いこだわりをレストランのオーナーに理解してもらえず、トラブルメーカーとみなされ仕事を解雇される。妊娠している恋人のベアトリス(ラファエル・アゴゲ)はジャッキーとの結婚を望んでおり、彼に定職につくことを迫る。その後ジャッキーが運良く手にできたのはペンキ屋の仕事だった。

一方、三ツ星レストラン『ラガルド』の一流シェフ、アレクサンドル(ジャン・レノ)は春の新作で成功を収めなければ、15年間守り続けてきたレストランの★の数を一つ減らされるという状況にあった。しかし、アイデアの神様はなかなか降りてこない。そんな時に、彼の重要なアシスタントたちがラガルドを抜けることに。更に、アレクサンドルは娘(サロメ・ステヴナン)の論文発表に出席することを忘れていたため、親子関係も悪化し始める。まさに踏んだり蹴ったりの日々を過ごす中、自分がかつて書いたレシピを忠実に再現したスープと出逢う。驚くべきことに、そのスープを作ったのは1人のペンキ屋だった。

感想

格式高いフランス料理の真面目な話かと思いきや、いろいろとぶっとんでいて笑えました。最もおかしなシーンは、ジャッキーとアレクサンドルが敵のレストランに乗り込むシーン。日本からの要人という設定で2人は舞妓とサムライに扮します。『おいおい、逆に目立つよ!』そして、『日本人に見えないよ!』とツッコミどころ満載。舞妓は「うなぎ、天ぷら」とか呟いてて、突然舞いだしたと思ったらとんでもないことをし始めるしw

全体的な感想としては、ジャッキーが思いのままに生きている様子がおもしろく、ちょっと羨ましくもあり。その奔放さは『男はつらいよ』の寅さんに通じるものがあります。しかし、寅さんと違うところは、割とぷらぷらしていても子どもを作っちゃうところw 非嫡出子(結婚をしない親の間に生まれた子ども)が多いことで有名なフランスですが、なるほど、こういう関係もアリなのね!?

ひと癖ある主人公なのに、なんだか憎めなくて応援してしまいましたw 果たして、ジャッキーは自分の才能を活かせる理想の場所を見つけることが出来るのでしょうか!? そして、アレクサンドルの星の数をかけた闘いと娘との関係はいかに!?

Nuovo Cinema Paradiso (1988) / ニュー・シネマ・パラダイス

あらすじ

トト(Salvatore Cascio)は、シチリアの片田舎で母、妹と暮らす映画が大好きな少年。父親は戦争に行っており、家計は火の車だが、牛乳を買うために母親から渡された金を映画のチケットに使ってしまうなど、彼女トトの度を越えた映画好きにいつも手を焼いている。

トトは、映画を観るだけでなく、映写技師のアルフレード(Philippe Noiret)が働く姿を見るため、映写室にも足を運んでいた。映画ばかりで家のことを考えないトトは、母親から映写室へ入ることを禁じられるが、小学校の卒業認定の試験でトトに助けてもらったアルフレードは、彼に映写機の操作を教えることに。ある日、不慮の事故でアルフレードは視力を失ってしまう。街で唯一の映写技師であるアルフレードに代わり、トトがその仕事を始めることになる。

感想

どうして私はこの映画にこんなに心を鷲掴みにされたのだろうか?やはり一番は、アルフレード役のフィリップ・ノワレと、子ども時代のトト役を演じたサルヴァトーレ・カシオのそれぞれの表情の豊かさと、2人のかけ合いが素晴らしいからでしょう。

映像の粗さや雰囲気から、1970年代の映画かと思ったのですが、1988年公開のこの映画。ノスタルジックな雰囲気を出す意図もあったのかもしれないけれど、最新の映像技術やカメラワークにとらわれず、監督が今まで観てきた映画の世界観を土台に製作しているからなのではないかと考えました。最近の映画にはないアナログ感に打ち震えてしまいました。

また、音楽も素晴らしい。この映画を観たことがなくても、音楽は聴いたことがあるという人は多いのではないでしょうか。

映像技術が上がって、都合の悪いところはコンピュータで簡単に切ったり貼ったり加工したりできる時代になりましたが、このくらいアナログで、荒い映像の方が観ている方にとってはわくわくするのかも。前回紹介した『Once (2007) / ONCE ダブリンの街角で』も手作り感満載だったけど傑作だったし(映画のジャンルにもよるか)。

一つひとつのシーンにコメントが出来てしまうのは、この映画が、最近の映画ばかり観ている私には斬新だったから。名作といわれ続けているものを観て、もっと感性を磨かなければならないなあ、と思ったことでした。

 

Once (2007) / ONCE ダブリンの街角で

前回ご紹介した「Begin Again (2013)  / はじまりのうた」で、すっかりジョン・カーニー監督のファンになってしまった私。「はじまりのうた」と同じく、これまた主人公がシンガー・ソングライターである「Once (2007)  / ONCE ダブリンの街角で」を鑑賞しました。

あらすじ

ストリート・ミュージシャンの男(Glen Hansard / グレン・ハンサード)は、ダブリンの街角で歌っているとき、一人の女(Markéta Irglová / マルケタ・イルグロヴァ)から声を掛けられる。

女は、男が本業でフーバー(掃除機)の修理をしていることを知り、壊れた掃除機を修理する約束を取り付ける。翌日、本当に掃除機を持ってきた女に男は当初呆れるが、彼女のライフヒストリーと、彼女がピアノを弾いているということを知り、徐々に関心を持ち始める。

感想

この映画のすごいところは、登場人物が演技ではなく現実に会話をしているように見えるところ。とても素朴な演技のおかげで、ストーリーの良さと歌のメッセージ性が際立っています。

もうひとつ驚きなのは、マルケタ・イルグロヴァがこのとき19歳だということ。この落ち着き、まさか10代だとは思わなんだ。

マルケタ・イルグロヴァは移民の役。「移民」というのは、特にヨーロッパにとっては、複雑な問題であると思います。最初のシーンで、移民の男の子が男のギターケースの金を盗むシーンがあるんですけど、海外に行くと、リアルにあんな子います。私もまさに先日のフランス旅で彼のような言葉の訛りを持った男の子にスられかけましたよ。彼らにとっては、失うものなどなにもないんですよね。女も移民の一人で、思ったような生活ができない。周囲には支えてくれる人もいない。そういう現実をこの監督は隠しません。

ジョン・カーニー監督は、手のうちようがなさそうな困難をストーリーのスパイスにして、「楽しいだけでない人生もストーリーになりうる」っていうメッセージを、製作する映像を通して伝えたいのだと思います。

それと、おなじみの日本語タイトル評ですが、英語タイトルの「Once」に「ダブリンの街角で」というのを付けたのは良いと思います。親友がダブリンに留学していたけど、筆者はダブリンに馴染みがなくどんなところか気になっていたのと(めっちゃ個人的なエピソード)、「街角」という言葉のチョイスが良いから。ストーリーが良くても日本語タイトルが残念だと悲しくなる筆者にとっては、タイトルも好きな要素の一つとなって良かったです。

 

Begin Again (2013) / はじまりのうた

先日、写真屋で「Lost Stars」が流れていて、その後、この曲が頭からなかなか離れません。ということで、今回はLost Starsがストーリーの核となっている映画『Begin Again(はじまりのうた)』を紹介します。

はじまりのうた-オリジナル・サウンドトラック

あらすじ

グレタ(Keira Knightley)は、恋人であり作曲のパートナーでもあるデイブ(Adam Levine)の曲が映画に採用されたことをきっかけに、彼とともにニューヨークに引っ越して来る。しかし、ツアー中、デイブは契約した大手レーベルの社員と浮気をする。

デイブのもとを去ったグレタは、音楽繋がりの長年の友人スティーブ(James Corden)を頼ることに。スティーブの出演するライブで、彼に無理やりステージに上げられたグレタは、自分の曲を歌い始める。誰からも見向きもされないグレタの音楽を、一人のみすぼらしい姿をした男が見つめていた。彼の名はダン(Mark Ruffalo)。彼は、自らが立ち上げた大手レーベルを解雇され、家族にも嫌われ、人生のどん底にいた。ダンは誰からも相手にされない彼女の音楽にダイヤの原石を見出す。

感想

Maroon5(アメリカの人気バンド)のアダム・レヴィーンが出ていることで、「商業的なにおいがする」と考えている人もいるんじゃないでしょうか。しかし、彼の役は主人公2人の曲の作り方と対比する形で非常に重要な役です。何かを製作することを生業にする人にとって、大いに共感できるストーリーになっているのではないでしょうか。

主人公2人の演技がナチュラルで秀逸。なぜあんな表情が作れるのでしょうか。彼らの演技に心揺さぶられます。

グレタの友人役のジェームズ・コーデンは、実際ではこんな愉快な人です。

歌唱力ありすぎる…恐るべきジェームズさん。

舞台であるニューヨークの汚さがあのまんまなところもすごく良いですね。現地のにおいがしてきそうな映像作り。本物を追い求める主人公2人の性格と合っています。

「この映画に出会えて良かった」、としみじみ思えた作品でした。

公式サイト(日本語) http://hajimarinouta.com/

ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!

 

Love & Other Drugs (2010) / ラブ & ドラッグ

あらすじ

ジェイミー(Jake Gyllenhaal)は電器店で働いていたが、女癖の悪さから解雇される。その後、大手製薬会社のファイザーで営業として働き始めたジェイミーは、若年性パーキンソン病を患うマギー(Anne Hathaway)と出会う。体だけの関係を求めるマギーだったが、ジェイミーは段々と彼女に惹かれていく。

感想

ジェイク・ジレンホール、チャラい男が板についてます。だからこそ、切ないストーリーが際立っています。セックスだけの関係だからこそ、心を許せると思ったマギーの計算は狂い、彼女の本当の性格にジェイミーは段々と惹かれていきます。

私の好きなオーストラリアのドラマ『プリーズ・ライク・ミー』で、マイノリティに擦り寄る癖みたいなことをなんとかコンプレックス(どうしても思い出せない!)と呼んでいたけど、ジェイミーもこれかも。多くの日本人は不幸な人から去ったり距離を置こうとする人が多いような気がする。私も海外に住んでいたときに、自分のコンプレックスを初めて吐露できて、だけど多くの人が側にいてくれて、初めて一人じゃないんだって思えたし、人の温かさを感じた。宗教的なものが関係しているのかなぁ。

アン・ハサウェイも、ジェイク・ジレンホールも、目がぎょろっとして、存在感が大きい。この2人、「主役」のオーラがすごい出てる。あと、ジェイミーの兄弟役のジョシュ・ギャッド(Josh Gad)、病院の事務員役のジュディ・グリア(Judy Greer)も脇役としていい味出してる。ジュディ・グリアは脇役としての地位を確立していると思う。

「相手の人生にも責任を持つことってどういうことなんだろう?」という疑問に対し、少しヒントを与えてくれた映画でした。

公式サイト(日本語)
http://video.foxjapan.com/movies/love-drugs/index.html