Fifty Shades of Grey (2015) / フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ (字幕版)Instagramでフォローしているアメリカ人のDJが、彼に関する動画と、今回紹介する『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の数シーンを組み合わせてInstagramにアップしていたことをきっかけに、どういう映画なのか気になって観てみることにしました。

このブログでは、批判的なレビューをあまり書きたくないと常々思っているのですが、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』に関しては、「批判レビュー待ってるぜ!」くらいの出来上がりになっているので、遠慮なく批判を書かせて頂きました。

あらすじ

英文科に所属する大学生のアナ・スティールは、若くでビジネスに成功したクリスチャン・グレイの取材に行くことになる。取材中、互いに何かを感じた2人は、契約書ベースで主従関係を結ぶことになる。

主従関係を当初受け入れることの出来なかったアナ。しかし、相手を受け入れたいという気持ち、そしていずれは相手に好意を持ってもらえるとの思い込みからクリスチャンのペースにハマっていき、だんだんとSMプレイも激しくなっていくのだった。

感想

監督はこの映画を通して、SMを中心としたロマンティックな作品を作りたかったのか、「主従関係は成金の道楽だ」と言いたかったのか、最後まで理解することが出来ませんでした。

恐らく、多くの10代が観る映画だと思うのですが、「これが大人の恋愛」だと勘違いしかねないので、出来れば若い子には観てほしくない、と強く思いました。DVのようにも受け取れたので、観ていて嫌悪感がありました。

I'm not the man for you.
“I’m not the man for you.”とか言いながらその手はなんやねん!何触っとるねん!

映像のクオリティで驚いてしまったのが、アナとクリスチャンが契約書を練るシーン。「このSMプレイは出来る・出来ない」、と話し合っている場面です。この場面の映像があまりにもチープ。大学生の弁護士ごっこでしょうか?思わず、「プライベートジェットの映像でバジェットを全て使い切ってしまったのだろうか?」と考えてしましました。

とても残念だったのが、挿入歌として、著者のお気に入りのシンガー・曲が使用されていたこと。心地よい音楽とボイスで活躍する、なぜか日本では知っている人が少ないThe Weeknd。そして壮大な草原を感じさせてくれるようなEllie Gouldingの”Love Me Like You Do”。それぞれ、ゴールデングローブ賞、アカデミー賞を受賞したようです。さすがです!ストーリーが良くなくとも、きちんと挿入歌は評価される、という良い例です。

ちなみに、冒頭で述べたDJのInstagramへのポストはこちらです。
作品鑑賞後のもやもやを解消してくれること間違いなしです。

50 SHADES OF AOKI 🔗 Voting link in bio #djmagtop100

Steve Aokiさん(@steveaoki)がシェアした投稿 –

第二作目があるっていうのは、熱狂的ファンがいるからなんだろうなあ・・・。


それでは皆さん、引き続き良いホリデイを!


 

Tokyo Trial (2016) / 東京裁判

最近、海外の一部の国家が好戦的になってきているような風潮を報道から感じてしまうのは私だけでしょうか?また最近、日本では「核を持つべきか、持たないべきか」という、戦後から近年まで口にするのもはばかられるようなテーマがニュースで取り上げられるようになってきており、危機感を覚えることがあります。私が考える不安要素というのは、「核を持つ、持たない」という事よりも、戦争を経験したことのない70歳までくらいの人々が、防衛のために安直に決断を下してしまい、それがのちのちに大きな犠牲を生んでしまう可能性を孕んでしまうのではないか、という点です。

8月上旬、日本ではこの時期、戦争の報道が多くなされます。世界のバランス・オブ・パワーが変化する兆候を見せている今、戦争を振り返り、その歴史をインプットした上で自分の考えを醸成していきたいと考えました。具体的には、戦時中の国民の考えや思想、なぜ日本は軍事国家へと突き進んでいったのか、戦前から戦後にかけての意識の変化、etc…を考察してみることにしました。その入口として、日本とカナダ・オランダが共同で制作した「Tokyo Trial (2016) / 東京裁判」を観ました。

舞台とあらすじ

このドキュメンタリードラマの舞台は、東京の現・市ヶ谷記念館でおこなわれた極東軍事裁判(Tokyo Trial, that is, International Military Tribunal for the Far East)です。第二次世界大戦直後、戦勝国11カ国から代表として送り出された判事たちが、日本の戦争指導者を裁く過程を描いています。このドラマを観ていくうちに、物語が単なる戦争を裁く話ではないことに気付くでしょう。判事の中には出身国の最高裁の判事を務める者も少なくなく、当然のことながら国の元首の使者というわけではなく、法律を司る者として職務を遂行しなければなりません。しかしながら、憎き敵であった日本の指導者を裁くため、感情的になる一面も見受けられます。また、半年で終わる予定だったこの軍事裁判が、1年経過しても終わることはなく、中には体力に限界を感じ始め、長期化を避けたいと考える判事も出てきます。

私は、この裁判の一番の焦点は、”戦争を「事後法」で裁けるかどうか”であると考えました。それまで戦争というのは犯罪ではなかったが、第二次世界大戦の日本軍による惨状を目の当たりにした判事たちの中で、正義のため、また第三次世界大戦が起こることがないよう、ニュルンベルク裁判と同様、「事後法」で解決しよう、という案が浮上します。しかし、その案に反対するのがインドからやってきたパル判事(イルファン・カーン)。確かに、事後法は例外的な措置であるため、一定のルールのもとで行っていた戦争の後に、敗戦国への罰則とも言えかねない事後法を適用することに対し抵抗を感じる判事がいてもおかしくはありません。

独立運動の最中であったインドから来日したパル判事。

最初の段階で、殆どの判事は、戦時中には規定されていなかった「侵略の罪(平和に対する罪)」を焦点にするべきだと考えます。しかし、それをはねのけるパル判事。オランダからやってきたレーリンク判事(マルセル・ヘンセマ)は、当初大多数側の立場でしたが、パル判事と交流する過程で徐々に自身の考えを見直すようになっていきます。そのような状況に業を煮やしたイギリス・ニュージーランド・カナダからの判事は、「遅々として進まない裁判はオーストラリアからのウェッブ裁判長に問題があるからだ」とし、裁判長を一時帰国させるよう裏で工作します。

実際の裁判の様子。真ん中がウェッブ裁判長。

戻ってこないかと思われたウェッブ裁判長ですが、彼は再び来日します。分断された判事たちの間で、どういった決断が下されるのでしょうか。

オランダと判事としての立場の間で揺れるレーリンク判事(左)。

感想

このドラマのストーリー以外の部分に関し、カメラワーク等の「魅せる技術」が評価できると思います。そして実際の裁判の映像が多用されているため、史実を伝える教科書として非常に素晴らしい。裁判だけではなく、当時の東京の町並みの映像もあり、戦後日本が急速に復興を遂げたということを実感することでしょう。また、幾つかの映像には着色が施されているためか、国会中継のように、東京裁判が最近の出来事のように思えます。日本人が社会の教科書で一度は観たことのある東京裁判の様子が映像で鑑賞でき、貴重な文献を見たときのような感動を覚えました。

第二次世界大戦の歴史に、その残虐性の高さから目を背けたくなる人々も多いと思いますが(私もその1人)、このドラマでは、<判事たちは感情に左右されることなく裁くことが出来るのか>という点、また、<戦勝国の関係性(例えばインドとイギリス)>にもスポットが当てられるため、かつてNHKが制作したトラウマになりそうなドキュメンタリー「映像の世紀」程ストレスを感じることなく観ることが出来ると思います。とは言え、「映像の世紀」も本当に素晴らしいドキュメンタリーですので、一度は観ることをおすすめします。こういった、他の放送局ではなかなか観ることのできない物語を、NHKにはクオリティに妥協することなく今後も作り続けてほしいと思います。

これから私たちが考えなければならないこととは

人間はひとたび戦争を起こしてしまうと、理性を失い「動物」になってしまいます。今一度、平和教育の見直し、そしてメディアに疑いの目を向けられる教育、戦争に目を向ける場を身近に作る、などするべきだと考えます。自分個人としては、近々戦争に関連した場所に行こうと考えています。このブログでどうやってかレポート出来たら良いなと思っています。

先日、ある神父さまが(私はクリスチャンではないのですが話を聞く機会がありました)、「最近、日本人は、職場の外で人と対話する機会が少なくなっている」というお話をされていました。確かに、多くの人々は、教育機関から離れると、一つのテーブルを囲み、じっくり人と議論する機会が激減します。これでは社会的なトピックを深く突き詰め、思考する力が衰える可能性があります。今、日本はメディアと政治家が国民を扇動しやすい状態になっているのではないでしょうか。要注意です。

戦争を経験したことのない私たちは、どうやって平和を維持していけるのか。二度と過ちを繰り返さないよう、戦争、防衛に関する新たな取り決めに対して、後悔しない選択をする必要があります。そのためには、個人の考えを持つ重要性を現政府およびメディアは伝えるべきですし、何より私たち一人ひとりが意識していかなればなりません。

<参照・引用>

NHKスペシャル ドラマ 東京裁判
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20161212

State Library Victoria
https://www.slv.vic.gov.au/

It’s Only the End of the World (2016) / たかが世界の終わり

お久しぶりです、Yukimaruです。暑い日が続きますが皆さんいかがお過ごしでしょうか?

私事ですが、引っ越しなどで長らくブログを更新できずにいました。最近少しずつ落ち着いてきたので、筆を執る頻度を増やしていければ良いなと思っています。


本日ご紹介するのは、フランスとカナダの共同制作による『たかが世界の終わり』。

あらすじ

主人公のルイ(ギャスパー・ウリエル)は、限られた余命を伝えに、12年ぶりに帰郷した。母(ナタリー・バイ)と妹(レア・セドゥ)は兄の帰りを心待ちにしていたが、兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)はルイとの間に見えない、厚い壁を作っていた。

家族のかたち

この映画では、言葉で表すことの難しい、家族の雰囲気やバランスが巧みに描かれています。内容的には全然違うのですが、「男はつらいよ」で伝わってくるような、人情の機微が生き生きと表現されています。

この映画で中心となるのが、兄のアントワーヌの存在。彼は子どもっぽくて、ひねくれ者で、妻(マリオン・コティヤール)が哀れなほどなのですが、映画を観終わって、日に日にその人間らしさにハッとさせられています。

「家族」はその構成員が増えたり減ったりしながら、かたちを変えていくものだと思います。人々は、その変化にある種の「おそれ」を感じるものだと考えています。しかし、規模やかたちが変わっても、決して変わらないものはあるんだよ、と視聴者にエールを送っている映画にも受け取れました。

この映画のシーンは殆どモントリオールで撮影されたようですが、フランスで撮影したのだとばかり思っていました。モントリオールには市街地近辺にしか行ったことがなく、結構栄えているイメージだったのですが、こんな田園地帯もあるのだなと思ったことでした。というか、カナダは広大だから、こういった地域の方が多いのかもしれません。

(Pictures : IMDb)


それでは皆様、良い週末をお過ごしください!

Bella Martha (2001) / Mostly Martha / マーサの幸せレシピ

あらすじ

主人公のマーサ(マルティナ・ゲデック)はドイツ・ハンブルクにある高級レストラン・リドのシェフを務めている。彼女の作る料理を求め、足繁く通う客を持つ程シェフとしての腕は良いが、自分の料理を批判する客を前にするとカッとなり、無礼な態度を取ってしまうことから、精神科のセラピーに通うようオーナーに言われている。

職場の副料理長、レアが出産を控えているため、新たなシェフが雇われた。彼の名前はマリオ(セルジョ・カステリット)。イタリア出身の明るい彼は、マーサの支配的とも言えるピリピリとした職場の雰囲気をガラリと変えてしまう。自分の地位がマリオに脅かされていると感じたマーサは彼に敵対心を抱く。

ある日、シングルマザーの姉とその娘リナがマーサを訪れることに。その道中、姉が交通事故で命を落とす。リナはイタリア人の父親のもとへ行くことを希望したが、彼女が知っているのは、父親の「ジョゼッペ」という名前だけ。マーサは一時的に彼女を引き取ることになるが、母親の死のショックからかマーサの手料理を拒否する。食事をしないリナは、栄養失調となりとうとう学校で倒れてしまう。他に見てもらう人もいないため、早退した彼女を職場に連れて行くことに。楽しげに料理を作るマリオに心を許すリナの様子を見たマーサは、段々と彼に対する見方を変えていく。

感想

主人公のマーサの病的とも言えるような職人気質ぶりは、まさにドイツの職人たちを彷彿とさせます。そんな彼女が、まるで性格の違うマリオに恋をする様子は、見ていてとても幸せな気持ちになります。

ドイツの薄暗い、雲がたれこめている様子と、突然母を失ったリナの境遇が重なり、映画の前半部分は重苦しく感じました。しかし、マリオの登場により映画の雰囲気が明るくなります。その境目となるのが、リナがマリオの作ったパスタを美味しそうに頬張るシーン。『リナが食べている!』というマーサの驚きの顔が忘れられません。

アメリカのサンフランシスコで映画作りの基礎を学んだという監督のザンドラ・ネッテルベック。確かに、北米の影響があるのかな、と観ていて感じました。しかし、他の国々と陸続きであるという地理を活かしたストーリーづくり、また、ヨーロッパの天候を効果的に物語にマッチさせている点は、ドイツ出身の彼女だからこそ出来たことでしょうし、素晴らしい才能だと感じました。


<参照>
イタリアとドイツの幸せな結婚?ー『マーサの幸せレシピ』をめぐってー 木本伸http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/3/35261/20141016204658742443/DoitsuBungakuRonshu_46_54.pdf

立命館大学の木本教授がこの映画に関して論文を書いていたので、地名などを参考にさせて頂きました。ドイツ映画の特徴やキリスト教の視点からの考察があり、興味深く読ませて頂きました。

 

 

Today’s Special (2009) / 本日のおすすめ

はい、こんにちは。早くも5月に突入です。
前回に引き続き、料理に関する映画をご紹介します。

あらすじ

サミールはマンハッタンのフレンチレストランでスーシェフ(副料理長)として働き、調理責任者である「シェフ」を目指す日々。しかし、自分より経験値の低い後輩に昇進を阻まれレストランを去る。実家に戻ると、両親に結婚や就職について問いただされる日々。そんな中、父親が突然倒れたために彼が経営していたインドレストランを当面の間サミールが見ることに。レストランの経営状況を確認すると最悪の常態。提供する料理に問題があることは明らかだ。しかし、インド料理を作ったことのないサミールには為す術もない。ある日、インド人シェフと激しく対立してしまい、作り手を失ったサミールは、藁にもすがる思いで、かつてインドで高級ホテルのシェフをしていたというタクシードライバーにコンタクトを取る。

感想

この映画でなんといっても面白いのが、アメリカへの移民一世と二世との価値観のギャップを料理を通して埋めていくところ。突然のアクシデントや色々な人との出会いを通し、新しい人生と幸せの端緒を掴んでいく主人公の様子を描かれています。

また、この映画では、多くのインド系俳優が活躍。意外に日本では知られていないかもしれないのですが、北米ではインド系コメディアンや俳優が人気を博しています。

この映画で私が注目した俳優さんは、クマール・パラーナとナシーラディン・シャー。

以前ご紹介したトム・ハンクス主演の『ターミナル』をご覧になったことがある人は、クマール・パラーナを見て、「あ、『ターミナル』のおじちゃんだ!w」とすぐに気づくはず。言葉は少ないのに、存在が濃いんですよね。この映画でもお得意の皿回しシーンがあるのには笑ってしまいます。

ナシーラディン・シャー演じるアクバルはかつてインドで料理人として働いていたが、現在はマンハッタンのタクシードライバーをしているという一風変わった役。アメリカ映画の中で、ステレオタイプなこてこてのインド人を演じてないのは結構珍しいと思います。それと、彼は声がステキです(声フェチw)。

また、アメリカの大人気ドラマ『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』のプリヤ役、アーティ・マンも登場。おなじみのインド訛りがあまりない役なので、彼女に気づかない人も多いかも!?

現在、この映画に使用されたインドレストランは、ネパール料理レストランになっているということ。ニューヨークを訪れた際に是非とも行ってみたいです♪

それでは皆様、楽しいGWを!

Comme un chef (2012) / シェフ! 〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜

お久しぶりです。最近少し忙しくなり、更新が遅れてしまいました! 忙しくてもスピーディーに書けるようにがんばろうっと。

今回ご紹介するのは、フランス映画『シェフ!』。前回のご紹介したアメリカ映画『シェフ』もオススメなのですが、こちらもフランスらしいユーモアで笑顔になれること間違いなしの映画です。

あらすじ

料理人として働くジャッキー(ミカエル・ユーン)は、「最高の料理で客をもてなしたい」という強いこだわりをレストランのオーナーに理解してもらえず、トラブルメーカーとみなされ仕事を解雇される。妊娠している恋人のベアトリス(ラファエル・アゴゲ)はジャッキーとの結婚を望んでおり、彼に定職につくことを迫る。その後ジャッキーが運良く手にできたのはペンキ屋の仕事だった。

一方、三ツ星レストラン『ラガルド』の一流シェフ、アレクサンドル(ジャン・レノ)は春の新作で成功を収めなければ、15年間守り続けてきたレストランの★の数を一つ減らされるという状況にあった。しかし、アイデアの神様はなかなか降りてこない。そんな時に、彼の重要なアシスタントたちがラガルドを抜けることに。更に、アレクサンドルは娘(サロメ・ステヴナン)の論文発表に出席することを忘れていたため、親子関係も悪化し始める。まさに踏んだり蹴ったりの日々を過ごす中、自分がかつて書いたレシピを忠実に再現したスープと出逢う。驚くべきことに、そのスープを作ったのは1人のペンキ屋だった。

感想

格式高いフランス料理の真面目な話かと思いきや、いろいろとぶっとんでいて笑えました。最もおかしなシーンは、ジャッキーとアレクサンドルが敵のレストランに乗り込むシーン。日本からの要人という設定で2人は舞妓とサムライに扮します。『おいおい、逆に目立つよ!』そして、『日本人に見えないよ!』とツッコミどころ満載。舞妓は「うなぎ、天ぷら」とか呟いてて、突然舞いだしたと思ったらとんでもないことをし始めるしw

全体的な感想としては、ジャッキーが思いのままに生きている様子がおもしろく、ちょっと羨ましくもあり。その奔放さは『男はつらいよ』の寅さんに通じるものがあります。しかし、寅さんと違うところは、割とぷらぷらしていても子どもを作っちゃうところw 非嫡出子(結婚をしない親の間に生まれた子ども)が多いことで有名なフランスですが、なるほど、こういう関係もアリなのね!?

ひと癖ある主人公なのに、なんだか憎めなくて応援してしまいましたw 果たして、ジャッキーは自分の才能を活かせる理想の場所を見つけることが出来るのでしょうか!? そして、アレクサンドルの星の数をかけた闘いと娘との関係はいかに!?

Nuovo Cinema Paradiso (1988) / ニュー・シネマ・パラダイス

あらすじ

トト(Salvatore Cascio)は、シチリアの片田舎で母、妹と暮らす映画が大好きな少年。父親は戦争に行っており、家計は火の車だが、牛乳を買うために母親から渡された金を映画のチケットに使ってしまうなど、彼女トトの度を越えた映画好きにいつも手を焼いている。

トトは、映画を観るだけでなく、映写技師のアルフレード(Philippe Noiret)が働く姿を見るため、映写室にも足を運んでいた。映画ばかりで家のことを考えないトトは、母親から映写室へ入ることを禁じられるが、小学校の卒業認定の試験でトトに助けてもらったアルフレードは、彼に映写機の操作を教えることに。ある日、不慮の事故でアルフレードは視力を失ってしまう。街で唯一の映写技師であるアルフレードに代わり、トトがその仕事を始めることになる。

感想

どうして私はこの映画にこんなに心を鷲掴みにされたのだろうか?やはり一番は、アルフレード役のフィリップ・ノワレと、子ども時代のトト役を演じたサルヴァトーレ・カシオのそれぞれの表情の豊かさと、2人のかけ合いが素晴らしいからでしょう。

映像の粗さや雰囲気から、1970年代の映画かと思ったのですが、1988年公開のこの映画。ノスタルジックな雰囲気を出す意図もあったのかもしれないけれど、最新の映像技術やカメラワークにとらわれず、監督が今まで観てきた映画の世界観を土台に製作しているからなのではないかと考えました。最近の映画にはないアナログ感に打ち震えてしまいました。

また、音楽も素晴らしい。この映画を観たことがなくても、音楽は聴いたことがあるという人は多いのではないでしょうか。

映像技術が上がって、都合の悪いところはコンピュータで簡単に切ったり貼ったり加工したりできる時代になりましたが、このくらいアナログで、荒い映像の方が観ている方にとってはわくわくするのかも。前回紹介した『Once (2007) / ONCE ダブリンの街角で』も手作り感満載だったけど傑作だったし(映画のジャンルにもよるか)。

一つひとつのシーンにコメントが出来てしまうのは、この映画が、最近の映画ばかり観ている私には斬新だったから。名作といわれ続けているものを観て、もっと感性を磨かなければならないなあ、と思ったことでした。

 

Once (2007) / ONCE ダブリンの街角で

前回ご紹介した「Begin Again (2013)  / はじまりのうた」で、すっかりジョン・カーニー監督のファンになってしまった私。「はじまりのうた」と同じく、これまた主人公がシンガー・ソングライターである「Once (2007)  / ONCE ダブリンの街角で」を鑑賞しました。

あらすじ

ストリート・ミュージシャンの男(Glen Hansard / グレン・ハンサード)は、ダブリンの街角で歌っているとき、一人の女(Markéta Irglová / マルケタ・イルグロヴァ)から声を掛けられる。

女は、男が本業でフーバー(掃除機)の修理をしていることを知り、壊れた掃除機を修理する約束を取り付ける。翌日、本当に掃除機を持ってきた女に男は当初呆れるが、彼女のライフヒストリーと、彼女がピアノを弾いているということを知り、徐々に関心を持ち始める。

感想

この映画のすごいところは、登場人物が演技ではなく現実に会話をしているように見えるところ。とても素朴な演技のおかげで、ストーリーの良さと歌のメッセージ性が際立っています。

もうひとつ驚きなのは、マルケタ・イルグロヴァがこのとき19歳だということ。この落ち着き、まさか10代だとは思わなんだ。

マルケタ・イルグロヴァは移民の役。「移民」というのは、特にヨーロッパにとっては、複雑な問題であると思います。最初のシーンで、移民の男の子が男のギターケースの金を盗むシーンがあるんですけど、海外に行くと、リアルにあんな子います。私もまさに先日のフランス旅で彼のような言葉の訛りを持った男の子にスられかけましたよ。彼らにとっては、失うものなどなにもないんですよね。女も移民の一人で、思ったような生活ができない。周囲には支えてくれる人もいない。そういう現実をこの監督は隠しません。

ジョン・カーニー監督は、手のうちようがなさそうな困難をストーリーのスパイスにして、「楽しいだけでない人生もストーリーになりうる」っていうメッセージを、製作する映像を通して伝えたいのだと思います。

それと、おなじみの日本語タイトル評ですが、英語タイトルの「Once」に「ダブリンの街角で」というのを付けたのは良いと思います。親友がダブリンに留学していたけど、筆者はダブリンに馴染みがなくどんなところか気になっていたのと(めっちゃ個人的なエピソード)、「街角」という言葉のチョイスが良いから。ストーリーが良くても日本語タイトルが残念だと悲しくなる筆者にとっては、タイトルも好きな要素の一つとなって良かったです。

 

Begin Again (2013) / はじまりのうた

先日、写真屋で「Lost Stars」が流れていて、その後、この曲が頭からなかなか離れません。ということで、今回はLost Starsがストーリーの核となっている映画『Begin Again(はじまりのうた)』を紹介します。

はじまりのうた-オリジナル・サウンドトラック

あらすじ

グレタ(Keira Knightley)は、恋人であり作曲のパートナーでもあるデイブ(Adam Levine)の曲が映画に採用されたことをきっかけに、彼とともにニューヨークに引っ越して来る。しかし、ツアー中、デイブは契約した大手レーベルの社員と浮気をする。

デイブのもとを去ったグレタは、音楽繋がりの長年の友人スティーブ(James Corden)を頼ることに。スティーブの出演するライブで、彼に無理やりステージに上げられたグレタは、自分の曲を歌い始める。誰からも見向きもされないグレタの音楽を、一人のみすぼらしい姿をした男が見つめていた。彼の名はダン(Mark Ruffalo)。彼は、自らが立ち上げた大手レーベルを解雇され、家族にも嫌われ、人生のどん底にいた。ダンは誰からも相手にされない彼女の音楽にダイヤの原石を見出す。

感想

Maroon5(アメリカの人気バンド)のアダム・レヴィーンが出ていることで、「商業的なにおいがする」と考えている人もいるんじゃないでしょうか。しかし、彼の役は主人公2人の曲の作り方と対比する形で非常に重要な役です。何かを製作することを生業にする人にとって、大いに共感できるストーリーになっているのではないでしょうか。

主人公2人の演技がナチュラルで秀逸。なぜあんな表情が作れるのでしょうか。彼らの演技に心揺さぶられます。

グレタの友人役のジェームズ・コーデンは、実際ではこんな愉快な人です。

歌唱力ありすぎる…恐るべきジェームズさん。

舞台であるニューヨークの汚さがあのまんまなところもすごく良いですね。現地のにおいがしてきそうな映像作り。本物を追い求める主人公2人の性格と合っています。

「この映画に出会えて良かった」、としみじみ思えた作品でした。

公式サイト(日本語) http://hajimarinouta.com/

ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!

 

Love & Other Drugs (2010) / ラブ & ドラッグ

あらすじ

ジェイミー(Jake Gyllenhaal)は電器店で働いていたが、女癖の悪さから解雇される。その後、大手製薬会社のファイザーで営業として働き始めたジェイミーは、若年性パーキンソン病を患うマギー(Anne Hathaway)と出会う。体だけの関係を求めるマギーだったが、ジェイミーは段々と彼女に惹かれていく。

感想

ジェイク・ジレンホール、チャラい男が板についてます。だからこそ、切ないストーリーが際立っています。セックスだけの関係だからこそ、心を許せると思ったマギーの計算は狂い、彼女の本当の性格にジェイミーは段々と惹かれていきます。

私の好きなオーストラリアのドラマ『プリーズ・ライク・ミー』で、マイノリティに擦り寄る癖みたいなことをなんとかコンプレックス(どうしても思い出せない!)と呼んでいたけど、ジェイミーもこれかも。多くの日本人は不幸な人から去ったり距離を置こうとする人が多いような気がする。私も海外に住んでいたときに、自分のコンプレックスを初めて吐露できて、だけど多くの人が側にいてくれて、初めて一人じゃないんだって思えたし、人の温かさを感じた。宗教的なものが関係しているのかなぁ。

アン・ハサウェイも、ジェイク・ジレンホールも、目がぎょろっとして、存在感が大きい。この2人、「主役」のオーラがすごい出てる。あと、ジェイミーの兄弟役のジョシュ・ギャッド(Josh Gad)、病院の事務員役のジュディ・グリア(Judy Greer)も脇役としていい味出してる。ジュディ・グリアは脇役としての地位を確立していると思う。

「相手の人生にも責任を持つことってどういうことなんだろう?」という疑問に対し、少しヒントを与えてくれた映画でした。

公式サイト(日本語)
http://video.foxjapan.com/movies/love-drugs/index.html